2016/05/19

人格否定で人は伸びない! 無責任な指導者を糾弾したくなる極悪非道な社会実験


 いわゆる「勘違いして悦に入ってる」ヤツのことね。
 青木無常でありますよ。

睥睨(素材使用)

 褒めて伸ばすか叱って伸ばすか、という指導法があるようでございますね。世間には。

 たとえば叱りすぎるとモチベーションも自信もなくして自分で考えるの放棄しちゃうようになるヤツもいれば、その逆に褒めすぎると実力を伸ばそうとかそういう努力をしなくなっちゃうヤツもいる、という文脈。

 まあ褒めすぎても叱りすぎてもいけない、つーしごくまっとうな話ではあるのですが。

 このあたりを勘違い、つーか自分に都合よく解釈するバカがちょくちょくいたりしませんか?

「おれは叱って伸ばすタイプだ」とか、ひどいのになると「おれはけなして人を育てるタイプなんだがっはっは」とか、そういう自分勝手な理屈、怠惰な(偽)論理を得意げに吹聴して悦に入ってるバカ。



 こんなのは相手の特性を見きわめて的確な指導を選択する労をはしょってるだけ、ということをこういうヤツらはまったく理解できていない。

 楽で安易で自分に気持ちのいいやりかたで自己満足してるだけなのに、自分がいっぱしの指導者であるという激しい勘違いに陥って衝動のままに人を罵倒して潰して「近頃の若いヤツは骨がない」とか豪語する。

 始末の悪いことにこういう人間は扱いが面倒だからまともな人間は近づかないし、適当に迎合するお調子者ばかりが周囲にまとわりついて歯止めが効かない。

 だから往々にしてこの手の人間が指導者の地位に立っていたりすることも昔は珍しくもなかったりしたもんです。

 ま、最近はこの手の人間は排除される傾向があるようですが。

 それでも、いなくなってはいまい。

 むしろより巧妙に、より邪悪さを増幅させているのカモ…とか考えて背筋をふるわせるのはさすがにいきすぎなんでしょうけど…


咆哮(素材使用)

 まあ叱るだけならまだしも、相手の人格や尊厳を否定して悦に入るバカは害毒以外のなにものでもございませぬ。

 破壊された側の人間が気の毒きわまりない。

 まして、それが指導者と部下という関係でなく、親と子という根本的な人間関係において作用していたりしたら?



 残念ながら、そういうご家庭はごくありふれてるといってしまってもいい位かもしれません…

 …というようなことを、この↓ニュース記事の一番最初の事例を見ながら想起して一人で憤っておりましたのでございますよう。(^_^;)


tocana 2016.03.28
斬首や強制性転換も…! 本当にあった冷酷非道な社会実験ワースト10
http://tocana.jp/2016/03/post_9241.html


 まことに憤懣やるかたない。



 このニュース記事の主眼は人道上現代ではとても許されるはずがないような、昔の冷酷非道な社会実験の数々を列挙して紹介する、というあたりにあるのですが、初っ端のヤツがあまりにも腹わた煮えくりかえる内容で(^_^;)。

 なので、最初の一例のみ本日はあげつらって、残りの事例は後日にまわしたいと思います。

 正直、最初のヤツだけでなくどれもこれも胸が悪くなること必至の人非人っぷり際立つ畜生道の極悪人の所業ばかりが見事にならんでおりますし。

 あまり連続させてもアレだから残りはしばらく間をあけてからご紹介いたしますのでよろしくどーぞ。ぞ。




不安(素材使用)

 さて、ワースト10というランキング形式で紹介されている初っ端の事例ということで、これがなんつーか第10位っつーことなんですね(^_^;)。

 題して「モンスター・スタディ」。



 その、あまりにもおぞましすぎる具体的な内容とは。

 吃音のある孤児を2つのグループにわけて言語療法を受けさせる。

 ただし。

 一方のグループの子どもは褒め、肯定的な言葉をかける。

 だが他方のグループの子どもたちは…否定的な言葉のみをかけられつづけ、けなされ、「障がい者」とまでいわれたらしい…



鬼(素材使用)


 実際どの程度のひどさで「否定」「否認」が行われたのかは記事からだけではよくわかりませんが、実験の性質からして落差が激しいほうが結果も明白に相違がみられるでしょうから推して知るべし…なのではないかと。



 事実、否定的な言語療法を受けた孤児たちはひどい悪影響を受けたそうです。すなわち、

そのグループの子どもたちはいつも怯え、成績は下がり、一生治らない言語障害を起こした子もいた。


 別に人間はだれしも地球と同じくらい(あるいは地球よりずっと)重要であるとかそういうおためごかしなキレイゴトを述べるつもりはないんですが。

 子どもの人生をこんな形で狂わせる権利を持った人間など、いてはならない。

 いない、とはいわない。というかいえないです。

 いない、ではなく、いてはならない。存在させてはならない、という意味。



凝視(素材使用)


 昔ならいざ知らず、現代文明社会にはそんな人間はいないでしょう…と、もしお考えなら、改めたほうがよろしいのでは? と警句を発しておきたい。

 最初にも語ったとおり、そんな人間はまだまだありふれてすらいるのではないか、と私は深く疑っております。

 家庭という牢獄で、しつけとか教育とかいうお題目のもと、孤児たちの人生を破壊した冷酷きわまる実験者たちと本質的にはなんらかわらぬ人非人そのものの衝動の排泄行為を日常的にくりかえしている人間が。

 よい家庭人の仮面を被って白昼堂々と闊歩している例も…もしかしたら、枚挙に暇がないほどにも…?



 もちろん、そうではない、まともな家族もそれに劣らずたくさんあるものと信じたいところではありますがね。



 …え…?

 そういう家庭があたりまえ?

 子どもを感情の吐き捨て場にするような親はごく特殊…とかおっしゃりたいのですか、もしかして?

 …本当にそうだといいのですがね。



 と、どうしても激しい疑念が抑えきれない私のような人間は、すくなくとも幸福なほうの一群には含まれてはおりますまいな。(`▽´)



 予想以上に重く淀んで死にたくなってしまいそうなので本日は以上。(`▽´)
 最後まで読んでくれてありがとう。
 それでは、また~(^_^)/~~




Amazonリンク








0 件のコメント:

コメントを投稿