2013/07/31

スピルバーグ製作のヒット作品『ポルターガイスト』もリメイク 現在のCG技術でよみがえる映像に期待!


ご訪問、コメント、ありがとうございます。
青木無常でありますよ。

好きなんですよね。ホラー映画。(^_^)


クランクイン! 2013年07月24日 14:00 の記事
『ポルターガイスト』リメイク 主演に『レイチェルの結婚』のR・デウィット


『ポルターガイスト』がリメイクされるって話は、
私はこのニュースを見るまで知らなかったんですが、
これまた楽しみですな。

いや、観にいける状況にあるかどうかは、
いろいろ微妙なんですけどねえ(T_T)。

そもそもこの映画、テレビで放映された時に
はじめて観た作品だったし、
たぶん、全部観たのは何回めかの
テレビ放映だったと思うんですけどね。

最初に観たときは、画面から
光る幽霊がゆーらゆーら揺れてるシーンで、
なんだかずいぶん、ちゃちい幽霊だな、と(^_^;)。

(でも、おもしろそうだな、最初から観たかったな、
とも、思うには思いましたがね(^_^;))





スピルバーグが製作、て話は、
けっこう最近知りましたね。
スピルバーグにしては、ちゃちい映像だな、と(^_^;)。

でも、スピルバーグにしてもルーカスにしても、
けっこうちゃちい部分はちゃちいし(^_^;)。



物語のほうは、さすがスピルバーグ
っつってもいい感じ。
何度か観てるんだけど、
何度も観ても引き込まれる印象が濃厚です。

だから、現在のCG技術で、あのゴーストとか
異世界の描写とかがどう表現されるのか、
かなり期待感大きいし、興味津々でありますよ。



ただ、このリメイク、キャスティングも
まだ途中なんだよな、この記事によると。



『キャリー』のリメイク版
以前紹介したときは今年の5月公開予定だったはずで、
若干遅れたけど、今秋には公開が決まってるようですし。

『ポルターガイスト』も、ぜひ実現してほしいものです。



でも、今度の「キャリー」は、
けっこう美人なんですね…(^_^;)。


もちろんこちらは前回版


いや、それはそれで、結構なことなんですが(^_^;)。



というわけで、本日はこのへんで。
よろしくっぱー(^-^)/
それでは、また~(^_^)/~~







2013/07/30

だれが買うのか「ゼンタイスーツ」 中途半端に不気味で抜けてて可愛さもない


ご訪問、コメント、ありがとうございます。
青木無常でありますよ。


なんつーか、哀しくなってくるシロモノでありますよ。
ニュース記事では、不気味さを強調してますがね。
不気味は不気味なんだけど、
それほどでもない。


ロケットニュース24 2013年1月18日 の記事
ひ、ひいいいい!! 日本の企業が発売したトトロ風全身タイツが海外でも話題に/ 動画の動きなど「言い知れぬ不気味さ」





つーか、どうせ気持ち悪くするなら、
もっと徹底的にめちゃめちゃにしてしまえば、
需要も見込めるってもんなんですけどね。
この中途半端さはどうにも…。

こちらのニュースが流れたのが今年の1月。

くだんの「milanoo.com」は健在なので、
う~ん、いったい、どういった客が
この「ゼンタイスーツ」を購入するのか…。

あまりにも謎です。

てか、こんな会社が成立して、
維持されてること自体が
もしかしたらむしろ不気味(^_^;)。





ちなみに、こちらがMilanoo.comのページ
ページ自体はきちんとしたショップなんですが…。
てか、5周年!? こんな全身タイツを売りつづけて?



残念ながらアフィリリンクはなさそうなので、
ここに貼った画像は、似たようなものを
さがしてみたんですけど。

いやあ、どれも、ニュース元の絵には
遠くおよばないです(^_^;)。



というわけなので、早々に本日はこのへんで。
最後まで読んでくれて、ありがとうございました。m(_ _)m
よろしくっぱー(^-^)/
それでは、また~(^-^)/~~




OK…か? どこが…? (^_^;)






2013/07/29

アイドルは異性と話すのもNGなのか? 恋愛禁止ってだれがいいだしたのか?


ご訪問、コメント、ありがとうございます。
青木無常でございますよ。

よろしくっぱー(^-^)/
唐突ですか?
唐突ですね(^_^;)
よろしくっぱー(^-^)/

ネタ元はここね↓

竹内舞 2013/07/29 11:34 のGoogle+

なんの脈絡もないけど、たいそう気に入っちゃったので(^_^;)。
よろしくっぱー(^-^)/





さて。

恥ずかしい話をいたします。
私が、恥ずかしい、という話です。(^-^)

アイドルは、異性と話すのもダメなんでしょうかね。
という、問いかけ自体が、激しい勘違いに基づいている
という話でもありますよ。

でも、その勘違いも、よいのです。
という話でも、あります。

いや、よいかどうかも、当人次第、ですかね。


よくわかりませんが、問いかけに対する
結論から先にいってしまうと、
そんなことは本人と事務所が決めればよいこと。

異性とセックスやりまくってても
売れる自信があるんなら、
好きなだけカミングアウトすればよかろう、と。
単純な話。



実際、それで売れるかどうかは
全然別の話なんだから。


RBB TODAY 2013年7月25日(木) 23時30分 の記事
「異性と喋ってもダメなのか」……NMB48メンバーが“恋愛禁止”に物申す


こういうことをいうとかわいそうなのかも、だけど、
くだんの、どこぞの総選挙で一位になってしまった
指原なにがしとかいう人に
目を曇らされてしまっているのではないですかな。



そもそも恋愛禁止なんてのは、ルール化云々以前に、
アイドルとして基本的に必須の要素。

べつに恋愛したいんなら
好きなだけしていいけど
人気は落ちる。

異性と話すだけでも離れていくファンも
おそらく、いる。

それも、少なからず。

それでもいいんなら、好きなだけ話でも恋愛でも、
それ以上でもやりまくったらいいんですよ。





たぶん、恋愛禁止なんて“ルール”は、そもそもは
自然発生的に、いつのまにかそこに
存在するようになったものに過ぎないんでしょう。



まあそれ以前に、キリスト教的価値観のせいか、
あるいは他の要素もあるのかどうか、
女性は貞淑でなければ、道徳的・倫理的に
失格! てな価値観も、根強く生き残ってはいますしね。

わしらが子どものころは、
けっこうはっきりしていましたよ、そのあたり。

わしが通っていた高校では
不純異性交遊は校則違反、と脅されておりましたよ。
処女でないかどうか、見て判断する方法がある、
などと豪語していた教師もおりましたねえ。

馬鹿ですがね。
ま、教師なんざ、馬鹿の謂ですがね。
たいてい。

隔世の感があるように思えるんですが、
今の教育現場はどうなんでしょうかねえ。

もしかしたら、それほど変わってはいない
というような気も、多少はしますがね。
生徒のほうは、かなり大幅に変わっているでしょうが(^_^;)。





自由恋愛の時代がきてひさしいようにも思えますが、
そもそも恋愛禁止されてなくても、
したくてもできない層が、昔も今も
かわらず、かならず、存在するわけで(^_^;)。

また、それとは別に、
自分の好きな人が、異性と、特別に親しかったりすると、
胸が激しく騒いだりするわけで。

怒り、とかね。
哀しみも、むろん。
激しい無力感。
嫉妬、ジェラシーでありますな、要するに。




アイドルという市場自体が
興亡ありつつもきっちりと生き残って
成長すらくりかえしている以上。

根本的に、女性は貞淑であるべき、という価値観は
根強く、生き残っている。



それに、恋愛自由、なんてことになったらもう、
それはアイドルというジャンルではなくなりますよ。
まあ指原なにがしも含め、少数の成功例は
あるにはありますがね。

ただ、そこに至るまでにはさまざまな
紆余曲折があるでしょうし、
そもそも計画して至れるとも、あまり思えない。

ま、可能性の話として、
あり得ない、とも断言できないので、
計画して異性と交遊しながらビッグアイドルめざす、
なんてことも、別にやりたきゃ好きなだけやればよろしい。

それで成功できたりしたら、
それはそれで、すばらしいことでありますよ。





山口百恵さんは、アイドルとして成長していく過程で、
三浦友和さんというかたと映画で共演し、
のちに結婚なさって引退される、というルートを
たどってこられました。

いまでは国立の豪邸にお住まいになってるそうで。
最近は、ちゃんと「三浦」と表札も出ているらしいです。



松田聖子さんに関しては、
いまの若いかたもご存知なんでしょうかねえ。

人気絶頂期に郷ひろみさんとの交際。
当時は祝福ムードだった記憶がありますが、
それは十数曲もヒット曲を出して
不動の地位を固めたあとのこと。

その後の破局と神田正輝さんとの電撃結婚。
そして、噂か真実かは知りませんが、
思い出したように時折流れる奔放な恋愛遍歴のゴシップ。

アイドルからはじめて、アイドルのまま
結婚し、母になり、女となった稀有な大スターです。

文字通り、稀有。



計画してなれるものではありません。
てゆーか、そもそも交際報道以前に、
超大スターに昇りつめてましたから。
昇りつめてからの、恋愛発覚ですから。

山口百恵さんも、松田聖子さんも。



Wink(ウィンク)という、女性二人組のアイドルもいました。
彼女たちはスキャンダル発覚したことはありませんが、
実は男性とおつきあいしていたそうです。

睡眠時間一日1時間ともいわれるような
過酷なスケジュールの下、
ちゃっかり男性とおつきあいしていたとか。

バレなきゃOKの、典型例ですな。
真似すりゃいいじゃん、て話ではないですよ(^_^;)。





安倍なつみや後藤真希も
スキャンダルはありましたが、
公式には認めてなかったですよね。

実際どうだったかは、知りませんけどね。

結婚したアイドルもたくさんいますが、
時代を築いた後の話でしょう。

あるいは、ほとんどだれにも知られないまま
結婚した人ももちろん、大量にいるでしょうが、
アイドルとして成功したとはいえないとなると、
もはや論外。

人気も何もない人が恋愛しようが
AVに出ようが、話題にすらなりません。



くりかえしになりますが、
木下百花ちゃんも、恋愛したけりゃ
すればいいんです。



ま、彼女は、自分が恋愛したいわけじゃないと
明言してますから、“その心配は”必要なさそうですけどね。

柏木がかつてテレビでいったといわれる
誓約書にサインさせられた、という話が
ネタだったとすれば――つまり、
その手の契約が成立していないのであれば。

あとは、事務所に怒られるかとか、
ファンが急激に離れていって
一気に凋落する心配が大きいとか。

そういう懸念が気にならないのであれば、
好きにしちゃってよいのですよ。

マジで。



でも、ニュース元の木下百花は。


ざっと調べたところ、
独特の雰囲気をお持ちのようで(^_^;)。

案外、恋愛発覚しても生き残れるかもしれないし、
むしろそれがステップボードになるかもしれない
雰囲気はありますな(^_^;)。

ま、無責任な、印象にすぎませんがね。



無責任な印象に基づけば、
私はこのひと、好きです。
たぶん、恋愛が発覚したとしても、
そんなには気にならないくらい。

たぶん、ね(^_^;)。
なにしろ、今日存在を認識したばかりだし。

ともあれ、ちょっと、応援してみたくなった
感じ、かも。
(^_^;)



とにもかくにも、何が禁止なのかルール化するなど、
無意味な話です。
人気がなくなるような行為は、商業的には
ぜんぶNGだし。

指原某のように、行為自体がステップボードになるんなら、
結果オーライ。
あくまでも、「結果」オーライ。

当のアイドル本人には、
「これはダメ」「ここまでならOK」
と決めてもらった方がわかりやすくて
いいでしょうがね。



だから、異性と親しくしゃべってる姿が
ファン離れにつながるようならNG。

その程度のことでも、NGですよ。

成功したいのなら、ね。



得々と語ってみて、なんでこんな当たり前のことを
得意げに述べてしまったのかな、と(^_^;)。
でも、発端はニュース記事なんですよ。

こんな当たり前のことすら、ニュース記事になる。
しかも、記事だけ、ポン、と。

時代ってわけでもないし、
木下百花が無知ってわけでもない。

「当たり前」って。
理解できてない人にとっては
決して「当たり前」ではないってこと
なんですかね。





そんな当たり前のこともわからないのか、
とか吐かす人間こそ、無知。

わからない気持ちに対する、
巨大な無知の塊ってことですね。
そういうヤツのことを巷では
「イヤミなヤツ」と呼称する、つーことで(^_^;)。



そして、そういう行為を、われわれは
日々、得々とくりかえしては
恥じ入り、またこりずにくりかえす。



いやはや、
おかしなところに着地してしまったわえ。
また(^_^;)。

さしずめ、私なぞ恥の塊(*^_^*)。



恥ずかしさに耐えかねて、本日はこのへんで。
最後まで読んでくれて、ありがとうございました。m(_ _)m
よろしくっぱー(^-^)/
それでは、また~(^-^)/~~









2013/07/28

まだまだつづくよどこまでも! 指原莉乃(HKT48)バッシングしてる奴らは実は指原ヲタとおんなじ心理



ご訪問、コメント、ありがとうございます。
青木無常でございますよ。


あー、本日のタイトルは、
いつも以上に意味はありません。
なんとなく語呂とか考えつつ
てきとうにでっち上げただけ。

ま、もしかしたら、けっこう
本質を突いていたりするかもしれませんがね(^_^;)。

なにしろ、俺様って、天才だし(^_^;)。

ふんす!

まとにかく、本日の記事の中身とは
ほぼ関係ありません。たぶん(^_^;)。



さて、昨日の指原概論
いかがでありましたでしょうか。
最近には珍しいことですが、
わしゃ、かなり自信ありますよ。

つーか、これ読んで俺様の価値に気づけ、
つー感じですね。

まあいまだ、青木無常様の価値に気づいてるかたは
きわめて少数にすぎないのかもしれませんが、
あとで頭がよくなってきたりしても、
あとの祭り、つーことになっても知らないよん( ̄ー ̄)

最近の私には珍しく(二回目!)
きのうのは入魂のブログでもありましたので。

タイトルも、集客とか考えずに
シンプルに「永遠につづく祭り」
だけにしようかとも思ったのですが。

入魂だからこそ、たくさんの人に読んでほしい
という気持ちも強かったので、
あえて集客的に強い「指原」という単語も
挿入した次第。





それはさておき、とりあえず
総選挙時の指原についてはひととおり
語り終えた感がなきにしもあらず、なのですが。

世間では指原ブームはつづいているようで、
毎日いろいろなニュースでにぎわっておりますです。



たとえば、こんなのとか。


RBB TODAY 2013年7月25日(木) 17時46分 の記事
指原莉乃、元カレとのエピソードを大胆告白……「カレーを作ってあげたことがある」


料理はしないとぬかしつつ、
カレーを作ってあげたことがある、と(^_^;)。

ま、カレーは煮込めばいいだけですからね。
わしも得意料理じゃ。
以前にも書いたような気がするが、
ビーフシチューを混ぜるとうまいのじゃよ(^-^)。


ニュース記事には
「トップとしての自覚を持て」という非難もありますが、
指原はこれでも必死に、自分なりにできることを
精一杯やっているのではないかな、とも思います。

ま、別に擁護してあげる気も、特にないですがね(^_^;)。





さらには、こんな発言もとりあげられております。


J-CASTニュース 2013/7/25 17:45 の記事
「悪口言われてお金が入る」「みんな男友達ぐらいいる」 指原発言でまた賛否両論巻き起こる


もう(^_^;)。

あきれてものもいえん。
てか、いっそすがすがしいほどに(^_^;)、
ヒールに徹しておりますなあ。

まあ、小林よしのりにしても、
俺様と同じように、指原を否定しているのではなく、
指原を不用意に押し上げてしまったファンの愚行を
あまりにも愚かすぎると非難しているだけだと思うし。

指原自身も愚挙をくりかえしていますが、
たびたび言っているように、渦中の人としては、
まとも、というかがんばっていると思うしな。

指原を押し上げて一位に据えたかたがたも、
そろそろ不安になってきてるんじゃないですかね?(^-^;)

すくなくとも、手放しに喜びっぱなしの連中がいるとすれば、
愚かにもほどがある、というもので。
あるいは、暴走しつつある愚挙を
野次馬的に喜んでるだけ、とか。



指原自身の気持ちや立場を考えれば、
心配でしかたがないと思うんですがね。



そんななか、珍しくメンズサイゾーが
秀逸な分析を掲載しておりました。


メンズサイゾー 2013.07.26 の記事
ヘタレの面影はどこにもなく、炎上必至の強気な発言を繰り返す指原莉乃の真意は?


いや、大部分は他のニュースの焼き直しだし、
ゴシップ臭ぷんぷんなのはいつもと同じですがね(^_^;)。

記事後半部分の
《最近の指原の言動を“ふっ切れたよう”だとしていますが、見ようによっては自暴自棄になっているようにも…。》
という箇所。

これ読んで、私は「なるほど」と思いましたよ。
景気よく強気一辺倒の発言ばかりが
最近は目立っているように思えますが、
指原は本質的に小心者だし悲観主義者。

だと見れば、自暴自棄、というのが
もっとも的を射た分析かも、と(^_^;)。





まあただ、実は小心者の悲観主義者
というキャラこそが実は演技で、
本質はイケイケの強心臓、という可能性も
ないとはいえないかもしれませんがね。

このあたりが真実なら、
指原の双面性も、説明つけやすいし。



ただなあ。
心配している人もいるけど、
「みんな男友達ぐらいいる」発言は
どう考えても、ひどい。

ごはんをいっしょに食べにいくくらい、
てのもおかしい。

この点については、後日、もうすこし掘りさげるけど。

アイドル、という立場を選択した以上、
この件に関しては根本的に、議論の対象にすら
ならないはず。

増田のように次のステップに進んだ人間は別だが、
その目が見えていないうちは、
自分のために、一般人が当然のように謳歌できる
ある種の自由を、みずから制限すべきであるはず。



アイドルだって彼氏いたっていいじゃないという
意見は、このあたりの視点が、根本的に、抜けている。

まあでも、現状、彼氏いても応援する、
という猛者は、かなり多くなってきているというか、
かなり顕在化してきては、いるのかもしれませんがね。



ただ、まだ、大きくは変わってはいないんじゃないかな。



いずれにしても、指原一人がヒールになるのは
好きにすれば、という感じだけど、
グループの、ほかの子たちにまで
火の粉を飛ばしかねない発言くらいは、自重してほしい。

その程度の計算、できないはずもないんだけど。

やっぱり、周囲が見えなくなっているのか。
それとも、アイドル、というものの定義を
みずから変えよう、などという壮大なことでも
考えているのか。

若い女の子が、恋愛ひとつできない状況は
たしかに当人たちにとっては、つらい。



だけど、その現状を変えるために、
アイドルというものを破壊しようとしても、
それは市場自体を縮小、もしくは消滅の方向にすら
もっていきかねない愚挙だと思う。

恋愛もしたい、歌も歌いたい、というのなら、
アイドルではなく、アーティストを目指すべき。

アイドルとして契約している以上は
市場そのものを破壊するなど
自分の会社を倒産に追い込むにも等しい愚行そのもの。

指原はそのへんをきちんと理解しているのか。

まあ、後輩たちのために、恋愛解禁しようとしている、
と仮定しての話だがね(^_^;)。

おそろしいほど、余計なお世話。



もひとつ怖いのは、指原が、
後輩たちに与えかねない影響。


Techinsight 2013年07月26日 11:00 の記事
【エンタがビタミン♪】「さっしーはどうして1位になれたの?」HKT48・兒玉遥の疑問にファンが回答。


HKT48の面子が、指原に全幅の信頼を
よせているらしいことは、この記事に限らずとも、
あちこちからきこえてきたりするし、それ以前に、
毎日彼女たちのぐぐたす(Google+)を見ていてもわかる。



わかるだけに、怖い。

兒玉の記事にしても、
文字どおりに受け取るなら、
指原を全面的に信用しているように見える。

もちろん、彼女たちが字面どおりに
指原信者と化しているのかどうかは不明。

むしろ、着々と階段をかけあがり、
人気も知名度も権力すらまといつつある指原に
おもねる部分があっても不思議はない。

というより、強い人間への追従であったりする方が
よほど健全だし、安心もできる。

ただ、実際のところどうなのかが、
いまひとつ見えてこないというか。
それこそ信者のように指原を信望し、心酔しているとなると、
これはちょっと危険すぎる“偶像”だからなあ。



記事中にもあるとおり、
指原を真似するような愚挙だけは、
彼女たちには冒してほしくはありません。



もっとも、指原の神経がまともに機能しているのなら、
自身から、自分の真似だけはしないようにと
きちんと指導していてしかるべきだとは思うし、
そうであることを切に願うんですがね。



それにしても、
《さっしーが1位になった理由を正確に言い当てられる人はいない》
というのは、禿同!

地域票の分析が、せめてできると
おもしろいかもしれないんですけどね。



さて、ちまたのテレビ番組では
おそらく毎日のように流れているであろう
「恋するフォーチュンクッキー」なんですが。

順位が気になってるのに、ちっとも
その手のニュースが流れてこないなと思っていたら。

発売は、8月21日なんですって?





…なんでだろう。
いまからでも、一ヶ月も先の話だぞ。
こんなに間があくことって、ふつう、あるのか?

いや、CDの発売時期だのセールスだの
よく知らんし興味もないからわかんないけど。

歌番組とかで流されまくってる現状だし、
下手すると、発売されるまでに
飽きられちまってぜんぜん売れなかったりとか。
あり得ませんか? どうでしょう?

JKT48で同日同曲リリース、てのはおもしろいけど。

と思ってちょいと調べてみたら。
一ヶ月くらいあくのは、けっこうふつうなのかな。

ま、いいや。
ふつうのことなら、このCDの売上やランキングが
指原の大きな試金石となる、つーことで
大丈夫だってんなら別に四の五のいう要もなし。

記録的な大ヒットにでもなれば、
それこそ指原様様ですしね。

私も含めて、えらそうなことぬかしたり、
バッシングしたりしてるヤツらが
面目なくすだけ(^_^;)。





ただなあ。


メンズサイゾー 2013.07.25 の記事
13億円の赤字!! AKB48の5大ドームツアーは失敗なのか!?


AKB48の五大ドームツアーが開幕」での懸念が
補強されつつある…。

私のような、奥のほうに
より興味をかき立てられてる人間にとっては、
AKB48はいよいよおもしろくなってやまないんだけど。

(AKBに関しては)底の浅いかたがたにとっては、
やっぱりもう、離れ時だったりするのかなあ。

モーニング娘。のときもそうだったけど、
テレビで見かけなくなってくると、
どうしても興味を維持できなくなってきてしまうから。

ハロモニ。がどんどん縮小していくのは
たまらなく寂しい現実だったんだよなあ。

ハロプロが深夜枠一本になっちゃった現状、
いまでも見てることは見てるけど、
多くのメンバーは名前もわからなくなっちゃったし。





ま、そのほうが、時間はできるから
いいことなんでしょうけどね。

世間的には。



世間なんぞ知るか。

的人間なんでね、私は。
そういうふうに、世間から造形されましたから。



衰退していく姿は、
それはそれで興味深いものはあるだろうけど、
やっぱり、やっぱり、
見たくはない。

わしが死ぬまで、繁栄していてほしい。

てのも、ブログサイトのタイトルどおりの
望みでありますな。





まあ、指原が衰退のひきがねになる危惧は
現時点でも、少なからず見え隠れしておりますし。

きのうのブログでは、指原の可能性に言及はしましたけど、
イコールAKBの未来、てなわけではない。
というか、どちらかというと、指原が真に飛躍するとしたら、
AKB48を生贄にして、のことになりそうな予感すらあるし!(^_^;)



とにかく、指原。
ええ加減にせい。

せめて、
後輩をまきこむことにだけはならないよう、
ちゃんと考えとくれ、いろいろ。
わかったか。

バカタレが!



いや、バッシングじゃないってば。
マジで。



てなところで、本日はこのへんで。
それでは、また~(^-^)/~~









2013/07/27

永遠につづく祭り     ―HKT48指原莉乃の限界と可能性―



送り仮名は、わざとだぜ。
青木無常でありますよ(^_^)。



やれやれである。
指原について、ここまで語る気もなかったし、
まして、こうまで持ち上げるつもりなど
かけらもなかったのだが。

しかたがない。
視えてしまったのだから。

未来が。
見えない未来が。
巨大な可能性が。



指原は主役ではない。
センターに立たされてしまった、ただの脇役だ。

むろん、そこには、
「いまのところは」という但し書きが必要だが。







NHK-BSで放送された『AKB48 選抜総選挙スペシャル』をみて
思うところがいろいろあった。

関係性の深いメンバーのショットがさしはさまれることで、
いろいろな想いが次々にわきあがってきて
改めておもしろい部分がどんどん見えてきたけど。



やっぱり圧巻は、第三位。
「渡辺麻友」の
名前が読み上げられた瞬間以外に、あり得ない。



その瞬間の、
大島優子の「はあ?」という顔。



徳光さんが「渡辺」と口にするまで、
というより「AKB48」と呼ばれた時から
「ティームA、渡辺」と発せられるまでの
ほんの数瞬。

大島は、おそらく、自分の名前が呼ばれることを
予測し、確信し、あきらめ、喜び、
そして…みっともない顔だけはさらすまい…
と。

決意していたのではないか。



それほどに、潔い、
なにが来ても受けとめるぞ、とでもいいたげな
すばらしい表情を、
大島優子は見せていた。

そう。
徳光さんが、「ティームA」と、

口にするまでは


「ティームA」徳光さんの、
この短いフレーズの瞬間
「ああ、やっぱり私か…え?
チームAって…? 私、Aだっけ?」

という疑問が、稲妻のように閃いたかもしれない。

改めて映像を見るだに、
そう思える一瞬だった。



そして。





「渡辺」というつぎのひとことで
大島の顔は驚愕へと劇的に変化し…

…さらに「麻友」という言葉が
発声し切られないうちに
さらに激しく、激しく、まさしく
激変する。

「はあ?」
という顔に。

「はあ? なにそれ?」

という、顔に。



すばらしい、覚悟の表情が、
まさしく一瞬のうちに、
おそろしいまでにいくつもの表情へと
つぎつぎに変化していくさまが。

番組では、ありありと映しだされていた。

ありありと。
そして、生き生きと。

生き生きと
活き活きと。
まさしく、活写。



対するに。

渡辺麻友。



予測。
していたのだろうか。
あるいは、覚悟を。

大島優子とは別の種類の、覚悟を。

自分が一位になれないのではないか、という覚悟。
そして、指原に、敗れるのではないか、
という覚悟、を。

そう思わせるほど、渡辺麻友は
一貫して、微笑んでいた。





自分の敗北を予測するなど、
負け犬根性、などと揶揄する馬鹿も
いるかもしれない。

くりかえす。
そういう馬鹿も、少なからず、存在するだろう。

何度でもいうぞ。
馬鹿だ。
そんなことを口にのせるヤツは。



そう。
そんなセリフを平気で口にするヤツは
あまりにも、浅はか。



あり得ない。



渡辺は、この一年を、
せいいっぱい駆け抜けてきただろう。

自分にできることをすべてやり抜き、
――そして、自分に何かが、決定的に、
足りていないことを、いやというほど、
痛感してもきたのではないか。



彼女の微笑みは、そんなことを思わせるほどに、
晴ればれとした、迷いもなにもない、
すばらしい微笑みだった。

いつかの、メイクを取り沙汰された顔とは
雲泥の差の、美しさが。

そこにはあった。



一位をとりたい。
去年、渡辺は、はっきりとそう口にした。

いさぎよく。
世間に向けて。
そして、だれよりも、自分に向けて。

そして有限実行のために、
彼女は一年間、全力で走りぬけてきた。

だから、彼女の笑顔も、言葉も、
一点の曇りもなく、われわれの魂に響いた。
負け惜しみでもなく、気負うこともなく、
過剰に自分を卑下することもなく。

百パーセントを自分に課し、
そのとおりに走り抜けてきた者だけが
浮かべ得る笑顔であり、口にし得る言葉であった。





だから、三位という順位は、
彼女にとって予測し得る結末のひとつであったとしても、
それは負け犬根性からではあり得ない。

百パーセント。
駆け抜けてきた自負が、
どんな結果であろうと、
受けとめられる自信へとつながっていたのだ。



しかし――

そんな渡辺麻友も、 おそらく「まさか」以上には予測していなかった、
予測し得なかった結末が。



もちろん、可能性としてなら、
だれもが、一度も思い浮かべなかった、とは
いえないだろう。

だが、おそらく多くの人間は、
苦笑とともに「まさか」の壁を
とり払うことはなかったのだ。
まさしく、壁を。



可能性としては想定できたとしても、
その後ろにはまさしく、
「まさか」の壁が堅牢に。

屹立していたことだろう。

その壁を破壊したのが、指原だ。
破壊。
そう。まさしく破壊したのだ。
脱力とともに。



「脱力」による「破壊」。

この組み合わせこそ、前代未聞。



そして、この後、二人の傑物の
とてつもなく見ごたえのある、
短くて、そしてあまりにも濃密な、
劇場の時間が開始される。



まゆゆが階段を降りていくときの、
指原の変顔。

これも、あえていう。
あれは、変顔だ。
テレビに映っていることを充分に自覚した上の、
変顔である。



一位になったときの、保険だ。

むろん、本心からの、驚愕であることも、
百パーセント否定しない。

指原は、そんなに器用な人間ではあるまい。

万が一、は、もちろん夢に見、
考え、そしてシミュレーションもしていたはずだ。

にも関わらず、そんな本人の願望をも超えた
驚愕の展開であったこともまた、
否定しがたい事実でもあっただろう。

だが、指原は計算もしていた。

ここでこういう顔をしておかないと、
まずい。

そういう、計算だ。

つまり、保身の、計算下での。

変顔である。



大島の驚愕の表情も、
演技は入っていたかもしれない。



グループ全体のことを考える立場にもあった大島には
「どう考えてもマズいだろコレは」という思いが、
ぬぐいがたく存在していたであろうことは、想像に難くない。

その思いを、やはり映像に残されていることを
意識して増幅はしていただろう。

もちろん、指原の変顔も、同じ意味ではある。

そこに非難の要素を見出すのも、
指原にとって酷では、あるのだろうけれど。



徳光さんが第二位の発表を
遂行するあいだ、
指原は前を見すえ。



大島優子は。

苦笑いとともに。

伏し拝んでいた。
運命に向けて。
脱力の運命が到来することへの、
底なしの、惧れとともに。

ここも、役者だ。
すごい役者だ。



役者、などという言い方をすると、
単純な輩はここぞとばかりに、
「ほら、やつらは嘘つきだ」と
したり顔で指摘したがるだろうが。

こういう輩にも、馬鹿の称号を与えたい。



彼女たちが演じているのは、
彼女たち自身の、心からの思いだ。

そこには、嘘はない。

誇張ですらも、真実といっていい。



だから、指原はむろんのこと、
大島優子ですらも、女優なのかどうかは、
私には判らない。

おそらく、うそですら、真実として
演じることができる種類の人間こそ、
女優、という尊称を
贈るべきなのではないかと思うから。





ともあれ。



大島優子もまた、あの短時間のなかで
予測し得る“最悪のシナリオ”が、
「まさか」の壁をこえて
現実化してしまうことを。

実感していったのではないか。

そして、彼女自身がそれを、実感していく過程を
われわれに、見せてくれていたのかもしれない。

大げさな身ぶりで、上体を上下にふるように
祈りのポーズをとりながら
ぬぐい難い苦笑を浮かべていたのが
その顕われであったのだ。



だから、徳光さんの口から
「AKB48」という言葉が放たれても、
もうそこには、驚愕は存在しなかった。

否。

存在しなかったとはいえまい。
それでもそこには。



…その表情や、思いを的確に表現する言葉はない。

心情を文字に表せば、
「ああ…やっちまったか…」
となるだろう。
苦笑まじりに。

ここに、苦笑を欠かすことは、絶対にできない。

ライオンとトラの一騎打ちを予測していたライオンが、
ネズミに出しぬかれて敗北したことを知ったときの
苦笑。

驚愕よりも、自分が、予測すらしていなかった方法で
出しぬかれてしまったことを知ったときの、苦笑。



それが、二位として名前を呼ばれ、
立ち上がったときの、大島優子の顔だ。



その証拠に、傍観者として見ていた壇上の面々の
あまりにもあけっぴろげで、隠しようのない
驚愕そのものの表情。



そして、無邪気に指原の戴冠に歓喜する
HKT48の面々の反応。



HKTの若い娘たちであれば、
単純に自分たちの旗頭である指原が
トップを奪ったことに対して
礼賛の気持ちしか浮かばなかったのも無理はない。

それが、自分たちの飛躍へとつながることも
容易に想像できただろう。

全国へと届くすべを模索しながら
どうにもままならない自分たちの現実を、
一気に切り開いてくれた救世主への信頼は、
おそらく、われわれの想像以上のものがあるだろう。

だが、指原は、主役にはなれない。



大島優子の名前が呼ばれ、彼女が立ち上がり、
壇上へと向かうあいだ、渡辺麻友もまた
笑っていた。

その笑いは、明らかに、満場の会衆を前にして
堂々とコメントしていた時の、すがすがしい笑顔とは
まったく別種の、笑いだった。

驚愕の、笑いだ。

「こんなことあり得るんだ」
そういう、笑いを、彼女は浮かべていた。



指原に敗北することは予測していても。

彼女もまた、
「まさか」の壁は超えていなかった。
すでに、他人事と化していたゆえだろう。

指原に敗北することは覚悟してはいたものの、
その指原が、大島優子という、
そして、AKB48という巨大な看板を
「まさか」乗り越えてしまうとは。

さすがに、予測し得なかったのだろう。

おそらくは、当事者である大島優子のみが、
あの短い数瞬に。

「まさか」の壁を、
あきらめとともに、
とり払うことができたのではないか。

だから、晴れ晴れと、というよりは、
あきらめをたたえた笑顔を浮かべて、
舞台に向かうことが、彼女には
彼女にだけは、できたのではないかと思われる。



そのあとにつづく彼女の
スピーチのすばらしさについては、
改めて論ずるまでもあるまい。



大島が、本当に心から指原の勝利を
受け容れていたのか、あるいは
一部の邪推するとおり、はらわた煮えくり返っていたのかは
知り得ようもないが。

彼女の笑顔と、そしてスピーチが、
救いようのない脱力感に支配されたすべての場を、
みごとに、的確に救い上げ、

そして、晴ればれとした笑いへと
変換・昇華させていたことはまぎれもない事実。

みずからが踏み台になることを
「後輩のため、AKBのため」と考え
決意してきたことを表明しつつ。

同時にまた、指原の優勝が
AKBのためになるかどうかへの疑問符をも
彼女は表現していた。
そう。あくまで、疑問符を。

指原が頂点に立つという、
あまりにもあり得ない予定調和の破壊は、
巨大な起爆剤となる可能性も。

すこしは、ある。

その可能性が、指原を
笑いによって落としつつ、
AKBのために、盛り立てる内容の
スピーチにも、させていたのだと考えられる。





大島は、すくなくともあの時点では、
指原を認めてはいなかっただろう。

AKBを託すことのできる
自分や、前田敦子の後継者としては。

それが、一度は「壁を越え」た
という言葉を使いながら
直後に「壁じゃなくて、するっと」抜けた
という言葉につなげていることに

如実に、顕れている。



と同時に、指原の内包する可能性にも、
気づいていたのかもしれない。

それが「新しい風」という言葉に
集約されている。

そして。

「どんなコミカルグループになるのか」
という言葉に揶揄の刃を含ませつつ、
「私たちは笑顔で楽しんでいきたい」
と。

すべてを、プラスの言葉に、収斂させていったのだ。



指原の内包する可能性を、
というよりは――指原の特性を、可能性に変えて、
そこから何が産み出され得るのかを、
あの短時間で、言葉として、みごとに表現してのけたのである。



みごとな、役者ぶり。

そしてみごとな、「主役」であった。

スピーチをしているときの大島優子が
まぎれもなく主役であったことは、
あの得がたい瞬間に立ちあった我々にとっては、
自明以外のなにものでもない。



つづいて、そこからの、本来の、
主役であるべき指原の登壇だが。

ここのところの指原バッシングを見ていると、
どうも否定的なことを書くのに、
どうしてもためらいを覚えるように
なってしまってはいるものの。

大根役者ぶりが、どうにも鼻についてしまう。

あまりにも過剰に控えめ、というよりは
マイナスな言葉ばかりをつらねてしまっていることが、
逆にうっとおしい。

もちろん、そのうっとおしさも含めて、
ヘタレっぷりや己を否定することそのものが
指原のキャラであり、あの場にふさわしい
内容となっていたことも事実。



その意味でいえば、指原はきっちりと
自分の役目を果たした、といっていい。

だが、主役として壇上に立っていながら、
満場の、あるいは日本中の注視を浴びていながら、
彼女は、主役にはなり切れなかった。

露払いとしても優秀すぎる大島の
手のひらの上でしか、踊れなかった。

それも含めて、
一場は、みごとに完結してもいたのは
確かだが。



何度でもくりかえす。
指原は、いまだ主役になり切れていない。



彼女が主役を演じた『ミューズの鏡』そのものが、
楽しんで作られたとともに、ゲリラ的手法で形成された
単なる模造品――というのは言い過ぎにしても、
パロディであることは論を待たない。



製作者サイドには別の言い分もありそうだが、
どれだけ言葉を積み重ねても、『ミューズの鏡』には、
パロディ以上の意味合いはこめられてはいまい。

もちろんそこから、哲学なりなんなりの意味を
視る側がつけ加えることなら、いくらでも可能だが。



いずれにしろ、指原はまだ、主役にはなれていない。



『恋するフォーチュンクッキー』
という楽曲そのものに関しては、
今回はふれない。

ただ、指原をセンターとしてこの楽曲が
テレビ画面に映しだされていても、
そこには華やかさがどうも足りない。

多くの芸人が、ネタとしてくりかえし揶揄する
「地味」さがその原因だとは、あまり思いたくない。

矛盾するいいかたになってしまうが、
地味であることそのものが、
ひとの目を惹き、魅き、牽きよせることも
可能である、と私は思いたい。

だが、指原がセンターに立つことによって、
AKB48の、あるいはアイドルの、
未来が、視えてくるだろうか?



大島優子がはじめて総選挙で一位を獲得し、
センターに立ったときには
(現実にはそうはならなかったものの)、
彼女がセンターに立ちつづける一年が容易に想像できた。

指原が、今後のシングルで、
つづけてセンターに立ちつづける姿を
想像できるだろうか?

センター不在の、後継者未確定の
現状においてさえ。

おそらくいまだに、指原はテレビに出て
その中心に立たされて、ひとびとの笑いを
誘っていることだろう。

指原の名前を冠するだけで、
巨大な影響が出ているだろうことも、
このブログで報告はしたし、
否定する気も、かけらすらない。





だが、指原は、主役の座に、立てているのか?

こたえは、否、である。

指原がメディアの画面にクローズアップされているとき、
そこには、必ずオチがあるのではないか?

いわく、ヘタレ。
いわく、馬鹿。
いわく、天狗。
いわく、スキャンダル。

いまや指原莉乃は、完全なるヒールと化している。

完全なるヒールと化して、
みずからそれを演じ、
メディアの中の、巨大な機能と変容している。

そこには必ず。
指原をおとしめ、笑いに変える装置が働いている。

言い換えれば、そういう装置なしには
指原という存在そのものが、
成立し得ていないのではないか?



生き残るための戦略を、
指原サイドも、周囲も、そして指原自身も
しっかりと実行していることは間違いない。



上にあげたオチのすべてを逆用し、
みずから誇張している努力も見える。
失言ですらも、なかばは意識的に
行われているのかもしれない。

どれも、王道ではない。

ドームの不調のきざしについても、
以前、ふれた。

指原の責任ではない。
あるいは、指原の責任ばかりではない、
と、言い換えるべきなのかどうか。

いずれにせよ、指原がセンターに立ったことそのものが
取り沙汰されないわけにもいかないだろう。

指原自身、だれよりも、自覚しているのではないか。

おそらく、必死だろう。
自分だけではなく、AKB48という巨大な幻想を
背負わされた重圧が、存在しないはずがない。

それだけに、見えない出口に
焦りの澱が、音もなく、積もりはじめている…のでは、ないか。



とんでもないポカをやりそうで、不安。

そういう危惧を、私は何度も表明した。
それが現実化しようがしまいが、
指原にとって、人生の頂点であるべき今が
人生最大の逆風と化して。

激しく、吹きつけてきているに違いない。



自分が主役になっていると有頂天のままなら、
とんでもない勘違いである。

おそらく、そうではあるまい。

主役とはどこかズレている違和感を、
指原自身が、だれよりも感じていることだろう。



そしてそのズレの正体をつかめないまま、
日増しに増大していく不安という巨大な影に
圧しつぶされそうになっていることだろう。



だから。



だから指原は、激変する。

この巨大な壁をのりこえ、
新しい自分を発見することができたなら。

怖いくらいに、豹変するだろう。

もし、その日が訪れることがあるとしたら、
大島や前田など足もとにも及ばない
巨大な存在にさえ、なることができるかもしれない。



どれだけ巨大になろうと、
迂闊で不用意な愚かしさだけは
いつまでもつきまとって離れず、
それが味と化してしまうような気はするけど。

それはもう、とてつもなく、濃厚に(^_^;)。





もっとも、この流れを、
単なるありきたりなチャンスとしか見ずに、
無難に、あるいは流れのままに、
乗り切ればいい、とでも考えているなら。

せいぜいが凡百の泡沫タレントとして
かつかつ程度でどうにか生き延びるか否か
といったところが関の山だろうけどね。



本日は、以上です。
それでは、また。